2026.04.30 Column & Interview

野菜だけじゃない、イベントがあってレストランもある。50年連続ワースト1位の東京都で、10年後の農園の価値を思い描く|「中西ファーム」中西雅季さん

アールイー株式会社が、2024年から企画・運営をしているマルシェ「農toマルシェ」(会場:コピス吉祥寺)で、初回からマルシェ用に野菜の出品をしているのが東京・八王子市の中西ファームです。

農園のかじ取りをするのは、中西ファームの7代目・中西雅季さんです。東京都の農業従事者の平均年齢は65.6歳と高齢化するなか(出典:東京都「東京農業振興プラン」)、中西さんは1992年生まれの今年34歳、非常に若い農業従事者でもあります。

中西ファームでは中西さんが中心になって、2021年から毎年11月に「や祭フェス」という名の収穫イベントを開催しています。地域の企業の協賛も受けながら毎年少しずつ規模が広がっていき、2025年には、2日間でなんと4405名が来場する大イベントに成長しました。

2023年(令和5)度の東京都の農業産出額は約258億円、全国合計のわずか0.28%で、もちろん最下位です。世界有数のメトロポリタン・東京で、かつての農業の記憶が失われようとしているなか、中西さんはまったく新しい都市の農業の可能性を示しています。若手農家として注目される中西さんに、東京都の農業の未来について聞きました。

中西ファームの7代目・中西雅季さん。取材時は4月中頃。畑は端境期で、野菜は少なかったが、春カブや菜花などがあった。
八王子市小比企町地区の風景。中央が中西ファームの建物である。

芸人から農家へ。家のために働くことを決めた

「50年連続で生産額がワースト1位」という東京都にあって中西ファームが毎週土曜と日曜のお昼に開催している直売会では、多くのファンが列をつくります。イベントをすれば多くのファンが詰めかける、異例の人気を誇る人気ファーマーである中西さんですが、はじめから農家になるのは「憧れ」ではありませんでした。

「小学校低学年の頃から、父(一弘さん)に連れられて市場に行っていたんです。すると周りの人たちに『将来は跡を継ぐんだね』と言われ続けてきました。自分の未来が勝手に決められてしまっている感覚がすごく嫌だったんです。それに父が休んでる姿を見たことなかったので農家は大変というのも感じていました。なので、何か違う仕事をやろうと考えていました」

そんななか高校生時代に同級生と組んで披露した漫才が大ウケしたことで、「俺には、芸人の才能がある!」と直感し、芸人の道を志します。大学在学中に同級生・菊地拓真氏とともに、ホリプロの養成所に入所すると、すぐに頭角を表します。手ごたえを感じた中西さんは、芸人になることを家族に伝えます。

「母は、ずいぶん心配していました。2人の姉からも『お母さんが心配している』と言われてました。だけど芸人になることは、反対はされませんでした」と中西さん。養成所を卒業し、「もんきーちゃんねる」としてデビュー、プロの芸人の道を歩み始めます。

もんきーちゃんねるは、事務所のプッシュもあって順調な滑り出しを見せたものの、徐々にチャンスを掴みきれない日々が続きました 。6、7年が経過した頃、コンビ間の方向性の違いからコンビは解散。「本当にやりたいことは何か」を自問自答した末、中西さんは2019年、26歳で実家へ戻る決意をします。

「やりたいことをやらせてもらった。次は親孝行として、家のために働くべきだ」という思いが背中を押しました。

アールイーとは、2024年からコピス吉祥寺で始まったマルシェイベント「農toコーヒーのマルシェ」の出品者として繋がりが始まった。その後も、マルシェの度に野菜を出品するほか、イベント時のフード提供をするシェフの産地訪問の受け入れなども行い、イベントの開催を後押ししてくれた。
「や祭フェス」の協賛企業をまとめたプレート。「畑が広がるこの地域、この景色を守りたい、恩返しをしたいという思いで『や祭フェス』をやっています」と中西さんは、生まれ育った八王子市小比企町地区への想いを口にする。
「や祭フェス 2025」の様子。撮影したのは参加したキッズカメラマンたちで、協賛のデジタルカメラを使って撮影した。

芸人を辞めたのは負けではない。次へのステップだった

中西さんが真っ先に取り組んだのが、SNSとブログでの発信でした。

「僕が『おいしい野菜を作れるようになろう!』と目指しても、中西ファームには父を含めてすごい先人たちがいるんですよ。それなら自分でできることはなんだろうと考えて、まずは農業を知ってもらうことだと思ったんです」

中西さんは、野菜のことや、仲間との農作業のこと、農家の暮らしぶりなどを、元芸人らしいユーモアを交えながら「農業は楽しい」というメッセージを込めて、毎日欠かさず発信し続けました。

転機となったのは、2020年から始まり現在まで続いている毎週土日の直売会です。SNSのフォロワーが徐々に増えるなか、実際に畑へ足を運びたい、中西ファームに行きたいという人の声に応えるものでした。

初回には、100人ほどが駆けつけ大成功を収めます。当日はコロナ禍の外出自粛期間もあって、屋外イベントを楽しみにする人も多かったこともあり、回を重ねるごとに朝から行列ができる名物イベントになりました。

「皆さんが野菜を買って、話しに来てくれるようになりました。嬉しいですよね。その交流が、自分の承認欲求を満たし、ようやく前向きな気持ちにさせてくれました。やっぱり農家に戻ってすぐの頃は、何をすべきかもわからず辛かったですよ」 と、当時の複雑な胸の内を明かします。

素人同然の農家の仕事に、相手が見えないSNSの更新作業、さらには芸人時代の同期をテレビやYouTubeで活躍する姿を見ては「もう少し芸人を続けていれば」「YouTuberになっていたら」という焦りや嫉妬も自然と沸き起こっていました。

「それでもただがむしゃらにやってこれたのは、芸人を辞めるときに事務所の大先輩の『さまぁ〜ず』のお二人に『芸人を辞めても負けたと思うなよ』と言ってもらえたことでした。負けたのではない、芸人の経験を生かして次のステップに行くんだ、とポジティブに考えるようにしていました」

この前向きな気持ち、そして何に対しても全力で向き合う姿勢が周囲を巻き込んでいき、次第に「中西ファーム」を応援したいというエネルギーになっていったのです。

畑作業のボランティアや直売会に来店者など、中西ファームに関わる人たちに配られるスタンプカード(上写真)。スタンプを集めると、キャップやTシャツなどの中西ファームグッズがもらえる(下写真)。とくにキャップは、地域の小学生の間で「かっこいい!」と話題になり、キャップ欲しさに畑を手伝いにくる子どもたちが増えたという。

アールイーに求めるのは他業種を繋いで物事の変化を促進する「触媒」の役目

SNSの反響やイベントの盛り上がりから、中西ファームが農業のイベント会社のように見えるかもしれません。しかしそれは、大いに間違ったイメージです。中西さんは、東京の農業が抱える課題を冷静に見つめています。

2019年に農業の知識ゼロで家業に戻った中西さんは、「200年も農家やってるんだから儲かってるんだろうと思っていたんですが、考えが甘かったですね」と、こんなに手元に残らないものなのかと厳しい現実に直面しました。それと同時に「これでは、5年後には行き詰ってしまうのではないか」と危機感を感じます 。

「農地は広げればいいというものではありません。人手とのバランスが必要ですし、野菜を売るだけでは売り上げの天井が見えてしまいます。働いてくれるスタッフに還元しなければ、農家に未来はない。そのためには、しっかり収益源を確保しなければいけないんです」

SNSやブログでの発信をし続けていくことで、さまざまな企業と繋がり、収穫体験やイベントへの出張参加などの依頼を受けるようになります。

「企業の福利厚生として畑に来てもらうのも多くなりました。基本的に農園に来ていただけるので自分たちの労力も少ない。それでいて普通に野菜を売るよりも数十倍になるので、これを頑張れば農家経営としていけるかもしれないと考えるようになりました」

中西さんは、畑を単なる生産の場から「体験の場」へと変えていきます。その一方で中西さんは、「何をやっても農家である以上、野菜をつくることだけはやめない」といいます。

「自分たちの武器は野菜をつくること。収穫体験で野菜を売るよりもお金をいただけたとしても、野菜をつくることが無意味だなってのは1ミリもないんです。むしろ野菜をつくらなきゃ農家じゃない。そうじゃないとダサいじゃないですか。農家であることは、絶対にブレないようにとスタッフとも話しています」

農業に対する期待は、農業の外側にいる人たちから強く感じているという中西さんは、今後、他業種との関わりをさらに深めることで、農業の可能性を広げていきたいと考えてます。さらにそのパートナーとしてアールイーに期待を寄せています。

「企業さん向けの農業体験でいわれるのは、農作業を一緒にやることで部署を越えたつながりへの期待で、企業にとってのメリットがすごくあるんですよ。やりたい企業さんはたくさんいます。でも農家の多くは、そこに繋がれない。アールイーさんは、地域商社や食と農の企画の代理店だけでなく、旅行業やアパレル、飲食店との繋がりがありますよね。そういった方々とのパイプ役・マネジメント役として入ってくれたら、僕たちを含めて東京の農家たちは喜ぶと思うんです。断る農家さんはいないと思いますね」

また、アールイーの価値として掲げる「Reuse(再生), Recreate(創造), Resilience(柔軟)」というすでにある価値の再利用・高付加価値化の領域でも、たとえば生産地域内の産業廃棄物や未利用素材の業種を超えた利活用などのエコサイクルの構築などが、企業の責任(CSR:Corporate Social Responsibility)として、他業種であればあるほど相性がいいともいいます。中西さんはむしろ、同業種同士の取り組みでは広がりが生まれず、かえって先細りしていくだけではないかと疑問を投げかけます。

「どの業種もそうですが、同業同志だとプロダクトの評価になり、良い悪いのコンクールみたいになってしまいます。そうではなく、自分たちの価値を見出してくれる人たちと一緒にやりたい。とくに東京都の農業には、流通や土地の継承など、さまざまな課題がありますが、アールイーさんのような食と農を繋ぐ存在が課題を解決する糸口になってくれると思います」

中西ファームは、江戸時代後期の1800年頃に、初代・清吉が小比企町で米、麦の栽培を始めたのが始まりだ。
「農toマルシェ」のマルシェでは、中西ファームの野菜が出品され、毎回完売している。
「農toマルシェ」では、中西ファームの野菜を使ったフードメニューも販売する。画像は、2025年6月に開催された「農toハーブのマルシェ」で、中西ファームのケールを使ったホットドック。

東京都の農業の課題は物流。農園に来てもらう価値を考えた

中西さんの10年後の夢は、畑を「体験の場」から「食べる場」に変えていくことです。そのゴールとして、10年以内に小比企町に農家レストランをつくりたいといいます。

「『畑の風景を残す』とみなさんいわれますよね。僕もそう思っていて、子どもの頃から見てきた小比企町の風景を残したい。維持するにはお金がかかるんですが、残念ながら人は、風景だけにお金を払ってくれません。つまり風景を守るには、違う価値が必要なんです。それが『食べる』ことだと信じています」

レストランのイメージは中西さんのなかにあります。小比企町の高台に建つガラス張りのレストランのテーブルに着くと、正面に畑が一面に広がっています。レストランに繋がる坂道を登ってくるのは採れたての野菜を手にしたシェフ。届いた野菜は、すぐさま料理され、美しく盛りつけられてテーブルに並ぶ――。

「農園があって、イベントがあって、レストランもある。いろいろな形態を持つことによって売り上げは、安定するはずです。このことは、けっこう本気で考えていて、10年後どんな農園になっていたいのかとう想いとともに、会う人、会う人に話しています(笑)。アールイーさんには、料理人さんや商品開発、流通の方々とのつながりがありますので、助けてもらえると思うんです」

東京都の農業産出額が50年以上ワースト1位という現実は、逆に「産出額」という既存の物差しでは測りきれないポテンシャルがあることを意味しています。

私たちアールイーが担うべき役目の一つは、点在する農家の情熱と、農業に価値を見出す異業種を繋ぐことです。大都市・東京に紡がれてきた農村の風景を、分野を越えて繋ぎ未来につなぐため価値づくりを促進する触媒として東京都の「農」の10年後を、語り続けていきます。

就農から7年、現在は先代で父の一弘さんから農園を受け継ぎ、中西ファームのかじ取りを行っている。

中西ファーム
公式サイト:https://nakanishifarm.jp/
公式Instagram:https://www.instagram.com/nakanishi_farm/

text & photos by Ichiro Erokumae

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